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お便り集

ロイヤルハウス石岡に入居して

新館ご入居者 吉田 とよ子様

病に苦しんだ日々

 或日(昭和62年)、乳母車に孫を乗せて買い物に街へ行った時のことである。
帰りに急に息苦しくなり動悸も激しくなって路上にしゃがみこんでしまった。街の中だったので、店の人が見つけてくれて、孫は家へ、私は病院へ行った。
病院での診察の結果「心房細動」という病名を聞かされ、しばし通院した。
その後、度々倒れて意識を失うことが多く、また高熱で肺炎になって入院したりしていた。そのため、医師から仙台の循環器病センターを勧められて入院した。退院しても通院が多く、普通の生活が無理と言われた。主治医に「老人ホームを探しておいたほうが良い」と話され、特別養護老人ホームには入居できない条件の為、有料老人ホームを探す様に再三勧められた。
 福祉事務所より資料をいただき、2〜3件電話したりしてみた。そんな時、共済新聞のロイヤルハウス石岡の広告を見つけ資料を送っていただいた。そして、平成5年の夏、東京の友人とロイヤルハウス石岡に一泊してみた。福島や東京のホームも見学してみたが、やはりロイヤルハウス石岡が一番条件に叶っていた。
 埼玉の二男にも見てもらったところ、「こんな条件の良いところは他にないから、早く契約したほうがいい」と勧められた。そのあと平成6年2月、二男の家で入居の手続きをとり、契約した。それから、郷里の方との色々な整理を済ませるのに2年以上かかり、実際の入居日が長引いてしまった。
 契約してから長男夫婦や娘にもロイヤルハウスに来て見てもらい、賛成を得た。

いよいよ入居することに

 平成8年8月31日、二男と娘に送られながら9月1日正式に入居した。部屋は2年半前に契約して決めていたので荷物が先に届いていた。
 入居の日、玄関では花束で迎えられ、少々恐縮したがとても嬉しかった。部屋には既に電気器具や台所用品など二男夫婦や東京にいる主人の妹が準備してくれていた。周りの人達が気を配って色々と用意してくれていたことに感謝の気持ちでいっぱいだった。

不安を癒してくれる人達

 入居して2年半が過ぎ、今思えば東北から関東の北部といっても全然知らぬ土地へ来て生活することの不安はあった。70歳はとうに過ぎていたので、余生を送る場所として選んだ石岡のホームだったが、それでもやはり不安は否めない。しかし、入居してみて何日も経たないのに前から居たような所という錯覚を覚えるほどすぐに馴染むことが出来た。
 ロイヤルハウスのスタッフの方々、入居者の方々皆さんと気軽にお話が出来たことは何より嬉しかった。
 入居してからもう2年8ヶ月、契約してから5年以上にもなる。庭の木々も大分伸びてきている。(反対に私は縮まっている)

潤いのある余生を送りたい

 地域の人達の人情の厚さも聞いていた通りである。ホームを特異な存在として見ていた方々も心を開いて「良いホームのようね」と言ってくれている。ホームの中での交流も良いが、地域との交流も形だけではなく、深めていき石岡人として生活していけるように努力して行きたいと思っている。
 老いは誰にでも訪れてくる。老いてくると体力、気力、知力、精神力など衰えてくることを自覚するようになる。年を重ねるごとに84歳で亡くなった母を思い出す。私には母からよく聞かされていたことがある。「年をとっても、いつでも身だしなみに気を付けること。清潔にしていること。年寄りはだらしなくしていると、若い人や子供達から嫌われるものだ。」この言葉がいま、強く蘇ってくる。
 老いると言うことは身も心も老いてしまうことではないのだ。気の持ちようであることを痛感させられる。

 「新緑や写す鏡に紅少し」

これは水戸市の俳句であるが、この俳句のように身だしなみはきちんとしたいものである。今後、何年このホームにお世話になるか知れないが、「何歳になっても或程度自立した生活ができ、生き生きと暮らすことが出来たらいいな」と思う昨今であるが、少し欲張りかしらね・・・。

1999/5/30 記

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