1. 有料老人ホーム ロイヤルハウス石岡top
  2. お便り集
  3. 詳細

お便り集

ロイヤルハウス石岡が心の拠り所に

ご入居者ご家族 本木万美子 様

 「お姉ちゃんお父さん、そっちに行ってない?家に居ないの。車もないし・・。」実家で父と二人で暮らす妹からの電話です。とうとう不安が現実になりました。

行方不明

 父が変だなと、感じ始めたのは3年くらい前からでした。車の運転はそれまでずっと無事故だったのに立て続けに事故を起こしたり、迷ったり、少し前にも近所の床屋からなかなか戻らずに心配しました。 
 警察には「人の多い町中で老人一人を捜すのは難しく、2週間が経過しないと、行方不明としての捜索は始めない」と言いました。秋口で温度差が激しく、翌日は急に冷え込んできました。
 私たちは気が気ではなく、父が行きそうな所を探し回りました。しかし、帰らないまま3日が過ぎる頃には、最悪の事態を覚悟するようになっていました。どうか、事故など起こしていませんように・・と祈るばかりでした。 
 4日目の夕方、近所の方がタクシーに乗り、迷っている父に気づき、連れ帰ってくれました。車はどこかになくしたようでした。 
 父の目はうつろで、訳の解らない事を呟き、傷だらけで、着ている物は汚れ・父はひどい変わり様でした。妹と二人、そんな心も体も傷だらけの父を抱き泣けば、父もポロポロと涙をこぼすのでした。 私たちは、もう父を一人、家に置いてはおけないと悟りました。

住み慣れた我が家で・・

 父の病名は、アルツハイマー性老人痴呆です。行方不明事件以後、症状は一気に進行して行きました。妹は仕事があるので、出来るだけ公のサービスを受けることにして私もなるべく実家に通いました。
それでも、ヘルパーさんや私が帰ってしまってから、妹が仕事から自宅に戻るまでの少しの間に、父は不安からか、妄想に囚らわれてしまいます。
 妹は、怒鳴りつけられたり、徘徊に外へ出た父を捜したり、夜も眠らない父のために、妹も眠れず、心も体も休まるときがありませんでした。疲れ果て、何度泣きながら私に電話してきたことでしょう。 昔、メキシコで会社任されていた自慢の立派な父。いつもニコニコと穏和な家庭人だった父、亡くなった母をこよなく愛し、母を献身的に看病した父。そんな思い出がどんどん色褪せて行くようでした。私たちは父に微笑むゆとりも失って、同時に父からも微笑みは消えて行きました。妹は仕事も失ってしまいました。

余生のかたち

 ロイヤルハウス石岡の案内を朝刊に見つけたのは、そんな時でした。見学に行った私達は、目が覚める思いでした。職員の皆さんの礼儀正しさ、ゆったりとした室内、穏やかな表情の入居者の方々。 こういう所であたたかく見守られながら、安心して暮らす日々、私達と年中、訳の解らない事でぶつかったり、寒い町中を上着も着ずに徘徊する毎日とは、大違いです。 私達は何件かの病院や施設を見学しました。そして、見学する毎にロイヤルハウス石岡以外は考えられなくなっていきました。

やさしい娘に戻って

 入居して、そろそろ一年半。妹は安心して仕事に就けるようになりました。私はいつも心に引っ掛かっていた、父の心配をせずに暮らしています。 何より、うれしいのは、父に会うときは二人とも、優しい娘に戻って、ニコニコして居られることです。父にも微笑みが戻りました。
 
 父がロイヤルハウス石岡で見守られて暮らしているという安心感は、私と妹の心の拠り所になっています。

2002/11/1 記

前のページへ 次のページへ
記事一覧へ戻る
  • ロイヤルからのお知らせ
  • ロイヤルの絆
  • ロイヤル歳時記
  • 新着情報

小 中 大