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お便り集

「“今”を懸命に生きる母」

ご入居者ご家族 佐々木賢徳様

 「来月来るからね。元気でね。」
 ロイヤルハウス石岡の本館。玄関先で私共夫婦、手を振りながら見送る母の目には、いつも光るものがあります。

力強く、いつも輝いていた母

 母は、昭和3年、長野県飯田市で生まれました。後、中学校の教師や精神薄弱児施設の保母、及び、主任を続けて参りました。中学校の教師をやっていた父の実家近くで生活したときは、田畑を耕し農作物を作る農家の仕事もやっていました。教師時代は、数少ない女性の体育教師のリーダーとして活躍した様です。また、途中、父の病気等もあり、退職しましたが、私立の精神薄弱児施設の開園にあたり、カリキュラム作り等、運営や企画のスタッフに教職経験のある母が採用されました。当時、中学生だった私を含め、家族全員で母の働く場所を見学に行きました。昭和40年頃のことです。実際、厳しい仕事の様でした。年間を通して、殆ど休みがなく、泊まり込む日が続いたことを覚えています。
 盆、暮れ、正月もありませんでした。途中、子宮筋腫やアキレス筋断裂で休む事もありましたが、それ以上は弱音を吐くこともなく、仕事と家庭を両立させていました。私も成長するに連れ、母の仕事や生き方を尊敬できる様になりました。
 ある年、テレビ局から取材があり、母の仕事とそれを支える家族の在り方が放映され、私共家族全員出演したこともありました。信濃毎日新聞にも大きく取り上げられたこともあります。施設も拡大し、児童のみならず成人も受け入れる様になりますと、母の仕事も責任者の側になり、若い保母さんの教育や相談に携わることが多くなりました。ますます、活き活きとしていた母です。退職の間際には長野県知事賞を頂け、大変有り難く思っております。

母らしく生きられる場所を求めて

 16年前に父が亡くなりました。母は独り暮らしを続けていましたが、交通事故に遭ったり、血圧の不安定さがあったりして、近くの病院に入院することが多くなりました。
 私共も時間を作っては田舎に帰っておりましたが、近くで生活させたいという思いで3年前に埼玉の朝霞に呼びました。しかし、環境の変化や血圧等の不安定、パーキンソン病等を患い、入退院を繰り返しました。病院にいれば安心だとは思いつつ、やはり元気になって少しでも楽しく生活してもらいたいと考えていました。共働きの私共夫婦にとりまして、退院後の母の日中の生活が心配でした。一度、私が仕事から帰ってきたとき、倒れていたこともあったからです。入院中ではありましたが、母と今後の話をしました。

 〜病院ではなく、少しでも元気になれるところ、しかも病院が近くにあるところ〜
 私共と母の希望は一致しましたが素人の私共には調べる手立てがありませんでした。とりあえず、病院の方に相談したり、市役所え行ったりと走り回りました。徐々にではありますが、私共の願いが叶うであろう施設が見えてきたので、パンフレットを送ってもらい、見学にも行きました。しかし、資金面、環境面からは、ずっとかけ離れた所が多く、途方に暮れていました。
 ロイヤルハウス石岡からもパンフレットが届いたのですが、茨城県という遠い地であることが一つの壁でしたが、「とにかく見学させてもらおう」と埼玉を後にしたのです。
 とても細やかな説明とすばらしい施設に驚かされました。帰りの車の中で「なんて温かい人達なのだろう。あそこならいいね。」と妻と話したのを覚えています。きっと、母も喜んでくれるのに違いないと思い、入院中の母に話し、思った通り入居に賛成してくれました。

母と私達に希望をくれた、あたたかい心配り

 退院の日に入居することになり、その日を迎えました。
 このときに大変嬉しかったのは、母の身体を気遣って石岡から数名のスタッフが同乗してくれたことです。本来なら、私共が車で母と一緒に行くところです。仕事とは言え、何という心配りでしょうか。母のみならず、私共も安心できたことを本当に感謝しています。
入居直後のこと、母が涙を流して話してくれました。
 「玄関で花束をもらったよ。拍手をして迎えてくれたよ」と。
 常日頃、涙を見せない母ですが、新しい生活の第一歩が母にとって感動の一歩だったのでしょう。退院後、即入居という一日ではありましたが、私共にとりましては道が開けたという気持ちで一杯でした。

“母が願う生き方”を応援してくれるロイヤルハウス石岡

 その後、担当のヘルパーさんやスタッフの皆さんから母の様子を丁寧にご連絡頂いています。また、ロイヤルハウスから毎月届く、「ロイヤルだより」では多くを学ばせて頂いております。病院にいたときより、元気になっていく様子を聞き、大変嬉しく思っています。本館の行事にも参加し、自分の趣味を生かしている様で、展示されている母の絵や習字、俳句等を見ることも私共の楽しみになっています。性格的に相手のことを考えすぎる母です。弱い人、困っている人、頑張っている人を放ってはおけない性格です。
しかし、それがスタッフの方々のお陰でプラスの面に出ています。
花を愛し、自分に厳しい母です。

 お年寄りにも個性があります。生活スタイルがあります。それを、ロイヤルハウス石岡は本当に良く理解して下さっています。そして、私共家族にも「安心」の言葉を常に贈って下さっています。長野県、埼玉県、茨城県と母は移り住みましたが、私共に言えない苦労や悲しみが必ずあるはずです。しかし、今を強く生きている母を尊敬しています。また、母の

2003/6/1 記

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