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お便り集

娘の立場から見た、母の入居に想うこと

ご入居者ご家族 大井武子様

恩師 一番ヶ瀬先生の講演がきっかけで自分自身の入居を決意

 私は、今55歳ですが、長い間社会福祉の分野で仕事をしてきたせいか若い頃から老後は自分のため、又家族のためにも有料老人ホームに入るのがベストだと思ってきました。
 なまなましい地獄をいっぱい見てきましたので、自分に限っては呆けないだろうとか、万一そうなった時は何とかしてくれるだろう、あるいは何とかなるだろうなんて脳天気な考え(としか私には思えない)には到底なれませんでした。

 しかし、いざその時になって資金が調達できなくて入れないのでは何とも悲しく又周囲にも迷惑をかけてしまうのでこれまでの生活の中でその資金調達を第一に考えてきたつもりです。

 そして、その終の住処をどこにしようと考えていたところ、今から丁度2年半前に大学の恩師がロイヤルハウス石岡に講演に来られたのです。恩師は講演の後で「ここは東京に比べるとすごく安くて、しかも良心的で良いところですよ。」と誉めてくれました。私は早速、見学させてもらい資料もいただき、園長先生や恩師の著書を購入して読みました。そして、将来ここに入ろうと決意しました。
 ただ、私が入ろうと思った時にここが空いているだろうかとそれだけが心配でしたが、ともかくその日のために資料を大切に保管しました。

母の入居が兄弟関係を穏和に

 その資料がはからずも母の入居のために役立ったのは本当に良かったと思います。

 母には私の他に兄2人と妹の4人の子供がいて、私達子供4人で、ロイヤルハウス石岡に入居することが母にとっても、子供達にとってもベストだと結論を出したのですが、それでも母と20年も一緒に暮らしてくれた次兄には追い出す(?)ようで辛かったみたいです。 
 一方、母は骨がぼろぼろになっていて転んだくらいで腰の骨を折り、入院する迄の3日間は特に兄夫婦に口では言い表せないくらい世話になったので、兄がロイヤルハウス石岡の話しをすると、母はあっさり賛同したと聞き、ほっとしたものです。 
 母にとっては、私が将来入ろうと思っているところだということと、私の住居に近いということも安心材料になったようです。入居が決まってから何だか消極的にみえた兄達を尻目に、兄嫁と私の3人はしっかりスクラムを組んで母の入居のために最善を尽くしたつもりです。
 ともあれ母の入居の件で初めて兄弟ががっちりと手を組め、親しい関係になれたことと、自分達の老後を改めて考え直すきっかけになったことを子供達は母のおかげと感謝しているのです。

時には厳しいのも愛情、今は歩けるようになって表情豊かに

 入居後、しばらく母は呆けがひどくて生気のない顔で、私が来ても見もしないテレビをがちゃがちゃとチャンネルを動かしていました。
 すぐ怒るし、何にも関心をよせないように見えて私のほうもそんな母を見て腹が立つやら情けないやらで、よく泣きながら怒っていました。
 私が行く時は必ず手すりにつかまらずに歩かせる(最初は歩行器で歩かせた)のですが、嫌がって私が「お母さん、あの花きれいね」とガラス越しに見える花を指しても「見たくない!」と怒っていました。
 皆に私のことを言いつけるらしく、会うヘルパーさんごとに「もっと優しくしてあげて下さいね。」と言われる始末です。

 でも、私は呆けた姑の面倒をみている妹と、介護の仕事をしている兄嫁と密に連絡をとりながら、厳しく接することができるのは、まさに娘の役割だと信じて「鬼の娘で結構よ」と開き直ってきました。
 その結果(と、私は信じたいのですが)歩行器(私の行く日だけ片付けてもらっていた時期もありましたが)もとれ、杖で階段も昇降でき、先日はやっと新館から本館まで往復歩くことができるようになりました。
 歩けるにつれ、表情も豊かになり、よく笑うようになり、呆けも改善されてきて、ホームの行事にもよく参加するようになり、「友達もできた」、「楽しい」、「毎日忙しい」なんていうようになりました。
 又、花を見ても「きれいだね」というようになりました。

 娘として本当にうれしいです。 母もロイヤルハウス石岡に入居できて幸せと言っていますし、私も今本当に良かったと幸せを感じています。そして、スタッフの皆々様に心から感謝している今日この頃です。

1999/3/1 記

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